人が成長できるかどうかは、自分の自己肯定観如何による。悪いのはいつも他人で自分ではないと思っている人がいる。何か問題が起こるごとに、自分は悪くない、悪いのは相手だと訴える。考えることもなく言い訳から始まる。反省というものがない。こうした人は決して少なくない。成長しない人間は、どんなにしかってもアドバイスを与えても、また一般的な話をしても全く自分のこととは思えず、ほとんどな何の効果もない。だから、同じミスを何度でも繰り返す。将来も繰り返すことになる。「自分はこれでいいのか」という懐疑を全く持たないからだ。
自己に対する懐疑、つまり、阿部次郎が「三太郎の日記」でずいぶん昔に言っているが、適当な「自己否定」は成長の絶対的に必要な要素である。完全な自己否定は、自殺に他ならないから論外である。適当な自己否定つまり自己に対する懐疑が、人の成長に必須である。阿部次郎はこのことを「自己の否定は自己の肯定を意味する」と簡潔に述べていたと記憶している。
しかし、自分の周りをみると、自己否定がうまくできる人間はむしろまれで、何となく自己肯定で終わっているようにみえる。自分の感情を優先し、自分に対しては、ありのままで良しとする。これでは、自分の成長の機会の芽を自分で摘んでいることになる。