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低すぎる「心のリミッター」

低すぎる「心のリミッター」

「キミもなにかと忙しいだろうが、こんな時こそ読書なんかしたらどう?」 というと、 「自分は、どちらかというと完全主義だから、読書とかした方がいいことはわかるけど今は、ムリ・いっぱいいっぱい。」  などと、すぐに否定する人が少なくありません。高校生の皆さんの中には、そういう人多いように思います。

こうした人たちは、  「自分はどちらかというと完璧主義だから勉強や仕事を絞ってやりたい」とか、今のこの勉強に集中したいから、手を広げることは絶対いやだ」  と言った理由を言います。

 ところで皆さんは「心のリミッター」という言葉を聞いたことがありますか。 誰でも、「心のリミッター」があり、自分自身にストップをかけています。これは、本来「身体の安全」の為に備わっているものですが、実際は、本当の安全からずいぶん手前で、ブレーキがかかってしまっていて、能力にまだ十分な余裕があるにもかかわらず、できないと思い込むことによって、自分自身の可能性と潰していると考えられます。

 「火事場の馬鹿力」という慣用句があります。「火事場の馬鹿力」は典型的な「リミッターの解除」です。意味は皆さんよく知っているいるとおりですが、「心のリミッター」と「身体的な本当のリミッター(限界)」との間には大きな開きがあることを物語っています。私は、高校生諸君といろいろ話をすると、特に「僕にはムリ」とか「今は時間がない」とか、「受験校だってもっと絞って受験したほうが志望校に合格しやすいのではないか」という声が多いことが大変気にかかります。

 本当は、テスト前で忙しいときの方がむしろいろいろと自由に読書したいと思うのではないでしょうか。もちろん、実際に読書する人もいます。そのような、心にある程度の余裕がある人の方が、結果的には受験においても成功することが多いのが現実です。

「心のリミッター解除」が最も必要とされ、意識されるのは、スポーツ選手の場合です。スポーツの成績つまり順位に直結するからです。彼らは、どうやって外す練習をしているのでしょうか。 おそらく「練習を繰り返すこと」、「イメージトレーニングを行うこと」、また、自分で声を出したりすることも役立つかもしれません。もっとも、「限界を超える」という悲壮感を持つのではなく、すこし考え方を変えることが有効だと思います。私は、リミッターがあまりに低すぎることを心配しているのです。

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2013年10月24日 01:25に投稿されたエントリーのページです。

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