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志望理由書は面接で公平さを担保

志望理由書は面接で公平さを担保

ぼくは、数学の授業の他に小論文の添削指導を行っている。昨日は、推薦入試の志望理由書の添削を行った。志望理由書はA4用紙に横書きの罫線だけ引かれたものが表裏で2ページ分ある。  表のページは、「志望した理由と入学後に達成したい課題」を、そして裏のページには「自分で評価できる点と今後あらためたい点」を記述せよと言うものであった。いわゆる原稿用紙でなく、罫線のみが引かれた用紙なので、字数制限は無いに等しい。小さな文字で書けば、A4用紙1面で1500字~2000字も書けるだろう。原稿用紙なら400字詰めで400字しか書けない。

 志望理由書は、出願書類の一部であるが、合否を決する最も大切な書類だ。これは出願前に仕上げて提出するわけだから、受験生全員について平等が確保されているとはとうていいえない。その点を大学側はどのように考えてどのように評価しているのだろうか。ぼくは指導する立場から、疑問を持ちながら指導している。疑問とは次のポイントだ。

 受験生が志望理由書を作成するとき、誰が指導するかについて次の場合が考えられる。

    1 , 全て自分の力だけで書く

    2 , 父母など保護者が指導する

    3 , 学校の先生で小論文以外の先生が指導する

    4 , 小論文の専門家の先生が指導する

 これらの場合について、さらに添削者の役割の大きさに差が考えられる。

    1 , 誤字などの訂正のみで、基本的には自分の書いたまま

    2 , 指導者がある程度手を加えた

    3 , 本人の書いたものを重視しながら、添削者がかなりの部分を書きかえた

    4 , 本人から添削者が聞き取り等により、添削者が書いた

 これらのことは、受け入れる大学側も十分配慮しているだろう。考査として行われる「小論文」と「面接」の結果を重視すれば、公平が担保されるのであろう。入試として、「小論文と面接」が今後はますます多くなると思われる。トリビアルな知識を問うより、格段に優れた考査方法だと考えられるからだ。その際、評価の公平さが保たれないと考えるのは怠慢に過ぎない。十分可能である。自己推薦文を基礎に面接を行い、発問事項にちゃんと答えられるか、その応答の内容から、平等に評価されると考えられる。

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2012年08月02日 15:36に投稿されたエントリーのページです。

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