まじめさが前進座の良いところだ。
京都四條の南座で行われている前進座の公演を見た。この公演は、前進座の創立八十周年記念する特別公演である。出し物は二つで、山本むつみ氏脚本、鈴木龍男氏演出による「明治おばけ暦」と三遊亭圓朝原作による「芝浜の革財布」の二部構成。その幕間に創立80周年を記念する「口上」があり、昭和6年創立当時から戦前戦後の困難な時代の状況が詳細に述べられた。
「明治おばけ暦」は明治6年に太陰暦から太陽暦に突然変更された時の話だ。改暦の張本人は大隈重信で、河竹新七(河竹黙阿弥)など歴史上の人物が登場し、明治の初めの新しい国作りで激変の時代、庶民がたくましく生きる様子がまじめに描かれていた。前進座の公演らしくギャグやアドリブなの一切なく、観客に迎合して笑いを取ろうとしないところが素晴らしいと感じた。
「芝浜の革財布」は三遊亭圓朝原作による有名な落語を平田兼三氏が脚色したものだ。夫婦愛を描いたものといわれるが、一種の成功物語でもあり、見た後の後味がいい。人情味たっぷりの演劇は、前進座のもっとも得意とする演目だと思った。
最初の幕間の時に席を立つと、すぐ斜め後方の席に、数人の年配の女性に囲まれて、瀬戸内寂聴氏の姿に気づいた。配布された「プログラム」に寂聴さんの挨拶も掲載されている。今年の誕生日で満90になられるそうだ。私は「寂聴先生」と声に出して挨拶した。寂聴先生は、笑顔と会釈で私の挨拶に答えられた。寂聴先生の講演は、ぼくが28歳か29歳の頃ある講演会で聞いたことを思い出した。話の内容は忘れたが、数百名の聴衆にプリントを配られたことを記憶している。ここで寂聴先生に会えてその後幸福な気分で過ごすことができた。