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にごりえ・たけくらべ 

にごりえ・たけくらべ 

NHK・BS2で8月末に放送され、録画しておいた「にごりえ」を昨日やっと見終わった。3時間に及ぶ舞台なので、ぼくも数回に分けてすこしずつ見た。この番組は、1998年に帝国劇場で蜷川幸雄演出による舞台の録画であり、主演のお力は浅丘ルリ子が演じている。

その少し前に見た、今井正監督の映画「にごりえ」では実にうまく明治の雰囲気を出していたが、オムニバス形式である点など似た面もあると感じた。「にごりえ」を中心に、「たけくらべ」と「十三夜」を加えたオムニバス形式の舞台である。

ぼくは以前、「たけくらべ」を50分程度の舞踊劇のための脚本を書いたことがあった。脚本を書いた経験が少ないうえ、そもそも「たけくらべ」を読んだこともなかった。原著と現代文訳など数種類の本を読んだ。結局、集英社版の文庫本が一番だと分かった。この文庫本では、必要な全ての句読点が本文中に打ってあり、しかも「行替え」までなされているのだ。原著は、句読点も行替えもなく、全てのページが文字で埋まっている。どこで切れるか分からない。集英社版だけが、句読点が打たれ行替えがされている。この方が現代文訳より読みやすかった。句読点や行替えのなされていない文章など、明治の人はよく読めたものだとその読解力に感心する。

帝国劇場の舞台はにごりえが中心で、「たけくらべ」からのシーンは1幕の最初と第2幕の最初および最後のシーンとわずかであったが、ぼくにとっては思いで深いたけくらべからの美登利(みどり)の若々しい姿が美しかった。

井上ひさしが何かの本の中で、「樋口一葉は24歳という若さでなくなったが、そのことは彼女にとってむしろ幸運だった」と書いているのを読んだことがある。ぼくは、そのことをそれ以後ずーっと考えて続けてきた。井上ひさしが述べたいことは、はっきり言えば、樋口一葉はこれで書けるであろう全ての小説を書き終え、この後何年長く生きても、「にごりえ」や「たけくらべ」など既に書き終えた小説を超える小説は書けないだろうという意味であろう。いわば自分で見聞きした小説の材料は全て使い尽くした、と井上は考えていたのだ。

ほんとうかなあ。ぼくには結論は見えない。分からない。そんなことはないようにも思う。実際、一葉が師匠と仰いた半井桃水との関係など、まだまだおもしろい小悦が書けたようにも思われる。

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2011年09月10日 19:10に投稿されたエントリーのページです。

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